むかーし、むかし。ある村の真ん中に大きな川が流れていました。
その川は大変流れが速く、橋を架けては、流され、架けては、流され……と、困り果ててました。そこで村の人達は、都で名高い大工の名人を呼んできて、今度こそ、決して流されることのない、頑丈な橋を架けてもらう事にしました。
腕を見込まれた名人は意気揚々と村にやってきます。ところが、いざその川を見てみると、さすがの名人もびっくり!
川は、くるくる目の回るような速さで渦を巻いており、ものすごい音をたてては、ひっきりなしに水が流れているではありませんか。
途方に暮れた名人は思いました。
「こんな恐ろしい流れの上に、どうやって橋を架けたらいいんだろう?……」
するとどこからか声が聞えてきます。。
「おーい、どうした男。そこで何を考えている」
名人はびっくりして辺りをうかがいます。
声がしたのは、川からでした。水の上にぶくぶくと大きな泡が立ったかと思うと、恐ろしく大きくて、鬼のような顔がそこにぽっかりと現れたのです。
名人は恐ろしがりながらもこう応えました。
「う、うん、おれか。俺はさ、頼まれてこの川に橋を架けようとしているところなんだよ」
「おまえがいくら名人でも、大工じゃぁここに橋は架ける事は出来ないぞ」
鬼はそう言って大きな口を開けて笑い出しました。そこまで言われてしまったら、名人もだまってはいられません。
「じゃあ、誰なら架けられるというんだ?」
「そりゃ、この俺様よ」
「なんだって? じゃあ頼む!おまえさん、後生だ! 代わりに橋を架けておくれないか!」
「うーん、。そりゃかけてやってもいいが、何かお礼をもらわないとな」
「そりゃ、なんだってお礼するよ」
「なら、おまえの目玉をよこせ」
「何! 目玉だって?!」
名人は鬼の要求にびっくりしました。
そりゃぁそうです。自分の目玉を鬼にあげる事
になるなんて思いもしなかったからです。
けれど考えました。
「なに、その時はその時でどうにかなるだろう」
名人は鬼にこう言いました。
「よしよし、お安いご用だ。一つでも二つでも持っていくがいいさ」
鬼は満足したように川の中にまた沈んでいきました。
鬼と約束をした名人はうちに帰って、ゆっくりと一寝入りしてから、あくる日に、また川まで来てみました。
相変わらず川の水はごうごうと流れています。ところが、昨日とは様子が違っていたのです。まさかと思いましたが、よく見ると橋が半分以上も見事に川の上に架かっているじゃありませんか。名人はたいそうびっくりして、
「こりゃあ、冗談じゃないぞ!目が??目玉がとられちまう!」
名人は急に怖くなって、両目を押さえました。
そして、さらにあくる日、朝早起きして、また川まで出てみますと、まぁどうでしょう! 実に何丈という高さの立派な橋ができあがっていたではありませんか。それにこの橋は、どんなにすごい渦巻きが起こる川の流れにもびくともしていません。
名人は今度こそ本当に度肝を抜かれてしまい、ただもう、目をきょろきょろさせるばかりでした。
その時です。
「おい、どうした名人。さぁ、約束どおり目玉をよこせ!」
と、言いながら、そうです。あの鬼が出てきたのです。名人はすっかり怖くなってしまい、「ひゃぁ!」と一言、青くなって、ぶるぶると震えだしてしまいました。
「あぁ……すぐは困る。すぐは困る。しばらく待ってくれ!」
そう言って名人は、あわてて川から逃げ出したのです。
名人はとにかく逃げました。今にも鬼が追っかけてくるのではないかと、はらはらしながら、とにかく山の方へ逃げていったのです。
そのうち、山の奥までやってきました。深い森の中です。鬱蒼と生い茂った山奥で、名人が当てもなくうろうろと歩いていますと、やがてどこかの林の中から子供の歌う声が聞こえてきたのです。
「鬼六どうした、橋かけた。かけたらほうびに、めぇだま、はよもって来い」
「なんだって????」
名人はこの歌を聴いてほっとしました。生き返ったように元気を取り戻して急いで帰ったのです。
そしてあくる日、名人はまた川にやってきました。
鬼が、早速川から出てきてこう言います。
「さぁ名人、すぐ、目玉をよこせ」
ところが名人は今度は余裕です。
「まぁ、しばらくお待ちください。どうもこの目を取られては、明日からの大工の商売が出来ません。かわいそうだとおぼしめて、何か他のお礼でご勘弁願います」
これではさすがに鬼もあきれ果てました。
「何という意気地のない奴だ! ……じゃあそうだな、試しに俺の名を当ててみろ。うまく言い当てたら勘弁してやらないでもない」
名人はしめたと思いました。でも、すぐに当ててはつまりません。まずはでたらめに、
「大江山の酒呑童子!」
というと、鬼はあざ笑って、
「ちがう、ちがう!」
と首を振りました。そこでまたでたらめに、
「じゃあ、愛宕山の茨木童子!」
というと、鬼は余計おもしろそうに、
「ちがう、ちがう!」
といって笑いました。
それから名人は、いくつものでたらめな名前を言い続けました。すると鬼もだんだんと飽きてきます。
とうとう鬼は今にも飛びかかってきそうになりました。その時です。名人はありったけの声を張り上げて言いました。
「鬼六!」
その言葉を聞いた鬼はさも悔しそうにつぶやいたのです。
「うううむ。山の神に教わったか……」
鬼はそう言いながらふっと消えてしまいました。大工の名人は目玉を取られる事もなく、橋はいつまでも丈夫に川にかかっていました。
おしまい。